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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)18066号 判決

原告

中村健太郎こと金秋一

右訴訟代理人弁護士

牧野寿太郎

被告

住友海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

徳増須磨夫

右訴訟代理人弁護士

児玉康夫

主文

一  被告は、原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一二月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

四  被告において金一〇〇〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一原告の請求

主文一ないし三項と同旨。

第二事案の概要

本件は、原告がその妹が自らを被保険者として締結した傷害保険契約に基づき、保険金受取人として、妹の死亡による保険金の請求をしたのに対し、被告が、重複保険契約の存在を理由に告知義務違反ないし通知義務違反に基づき保険契約を解除したことを理由に保険金の支払を拒絶した事案である。

一争いのない事実

1  原告による保険金請求

(一) 原告の妹である亡金順福(以下「順福」という。)は、昭和六三年六月一六日、被告との間で、次の内容を含む普通傷害保険契約(以下「本件傷害保険契約」という。)を締結した。

(1) 保険期間 昭和六三年六月一六日午後四時から満一年

(2) 被保険者 順福

(3) 死亡保険金受取人 原告

(4) 死亡保険金額 五〇〇〇万円

(5) 入院保険金日額 一万円

(6) 通院保険金日額 六〇〇〇円

(7) 賠償責任保険限度額 三〇〇〇万円

(8) 保険料月額 八三〇〇円

(二) 順福は、同年八月九日午後五時ころ、大阪市北区所在の新阪急ホテル七〇二二号室内において、何者かに頸を絞められて死亡した。

2  被告による本件傷害保険契約の解除

被告は、順福の相続人全員に対して、昭和六三年九月二〇日頃到達の書面をもって、本件傷害保険契約を解除する旨の意思表示をした。その解除は次のとおり、いずれも本件傷害保険契約に適用のある被告会社の傷害保険普通保険約款(以下「約款」という。)に定める二つの義務に違反することを理由とするものであり、その第一は、本件傷害保険契約締結にあたり、それに先立つ他保険契約の存在を告知しなかったことであり、その第二は、本件傷害保険契約締結後に重複保険契約を締結するにあたり、その事前又は事後に遅滞なく、その旨を通知しなかったことである(以下便宜前者の告知義務違反による解除を「第一解除」、後者の通知義務違反による解除を「第二解除」という。)。

(一)(1) 約款には、保険契約締結の当時、保険契約者、被保険者またはこれらの者の代理人が故意または重大な過失によって、保険契約申込書の記載事項について、保険者に知っている事実を告げずまたは不実のことを告げたときは、保険者は書面による保険証券記載の保険契約者の住所にあてて発する通知をもって、この保険契約を解除することができ(第一〇条一項)、右解除が傷害の生じた後になされた場合でも、保険者は保険金を支払わない(同条四項)との定めがある。

(2) 原告と富士火災海上保険株式会社(以下「富士火災」という。)との間に、昭和六三年六月一五日、原告及びその家族を被保険者とする家族傷害保険契約(以下「第一契約」という。)が締結されたという記載のある契約書(〈書証番号略〉)が存在する。

(3) ところが順福の使者である原告は、昭和六三年六月一六日、本件傷害保険契約の申込にあたり、保険契約申込書の「他の保険契約」欄に「なし」と記載し、これを被告に交付した。順福は原告の家族であるから、原告が被告に対して他保険である右の第一契約の存在を事前に告知しなかったことが前記約款第一〇条一項の告知義務違反に該当するというのである。

(二)(1) 約款には、保険契約締結の後、保険契約者または被保険者が、重複保険契約を締結するときはあらかじめ、又は重複保険契約があったことを知ったときは遅滞なく、書面をもってその旨を保険者に申し出て、保険証券に承認の裏書を請求しなければならず(第一二条)、保険者は、重複保険契約の事実があることを知ったときは、その承認裏書請求書を受領したと否とを問わず、書面により保険証券記載の保険契約者の住所にあてて発する通知をもって、保険契約を解除することができ(第一六条一項)、右解除をした場合には、重複保険契約締結時以降に生じた事故による傷害に対しては、保険者は保険金を支払わない(同条四項)との定めがある。

(2) 順福と富士火災との間に、昭和六三年八月六日、順福を被保険者とする国内旅行傷害保険契約(以下「第二契約」という。)が締結されたという記載のある契約書(〈書証番号略〉)が存在する。それにもかかわらず、順福が被告に対して、直ちに、重複保険承認裏書請求をしなかったのは、約款第一二条及び第一六条の通知義務に違反するというのである。

二争点

1  第一、第二契約の成否

原告は、第一、第二契約ともに、当時、富士火災の保険外務員をしていた小松原源蔵(以下「小松原」という。)が、保険契約者である原告(第一契約)及び順福(第二契約)の全く知らない間に、無断で保険契約申込書(〈書証番号略〉)に記名捺印して成立したようにみせかけたもので、右契約はいずれも成立していないと主張する。

2  第一解除の効力

(一) 原告は、被告による第一解除が、以下の理由により無効であると主張する。

(1) 約款第一〇条は、商法六四四条に由来するものであって、同条にいう「重要なる事実」には他保険契約締結の事実は含まれないから、右第一〇条一項の「知っている事実」にもやはり他保険契約締結の事実は含まれない。

(2) 右約款第一〇条は、保険契約者または被保険者において、不告知について特に非難されるべき特別な事情(例えば不法な保険金取得の目的を有する)の存在する場合に保険者に解除権を認めたものである。

(3) 本件の保険事故は他人の犯罪による死亡であり、他保険契約締結不告知と保険事故発生との間に因果関係はないので、商法六四五条二項但書により、契約解除権は発生しない。

(二) 被告は、被告による第一解除が、以下の理由により有効であると主張する。

(1) 前記約款第一〇条は、確かに商法六四四条に由来するものではあるが、約款の規定内容は商法の規定とは異同がある。右約款においては、告知事項は「保険契約申込書の記載事項」とされており、他保険契約締結の事実は保険契約申込書の記載事項であるから、右約款上、他保険契約締結の事実は告知事項である。

(2) 告知義務違反による解除の際に、不法な保険金取得の目的を有することが必要であるとすると、解除が認められるのはほとんど保険事故招致の場合に限られてしまうが、事故招致の場合は商法六四一条及び約款第三条一項一、二号による保険者免責の規定があるので、この規定を適用すれば足りることになり、告知義務違反による解除の規定が機能する場面がなくなってしまう。したがって、解除の際に、原告主張のような限定は不要である。

(3) 商法六四五条二項但書は古くから問題視されてきており、この例外規定はできるかぎり制限的に解釈すべきであるところ、前記約款にはこのような規定が存在しないのであるから、右約款はこの例外規定を排除しているとみるべきである。

3  第二解除の効力

(一) 原告は、被告による第二解除が、以下の理由により無効であると主張する。

(1) 順福は、前記約款第一二条及び第一六条に記載された定めのあることを知らなかった。

(2) 商法は、損害保険等については重複保険に関する規定を設けながら、傷害保険について何ら規定を設けていないことに鑑みれば、右条項を適用して本件傷害保険契約を解除するには、合理的理由の存することが必要である。

(3) 本件の保険事故は他人の犯罪による死亡であり、他保険契約締結不通知と保険事故発生との間に因果関係はないので、商法上の根拠はないものの、告知義務違反の場合と同様、契約解除権は発生しない。

(二) 被告は、被告による第二解除が前記2(二)(2)、(3)と同様の理由及び約款所定の条項は強行法規に触れない範囲で、契約当事者の知、不知を問わず拘束力を有するとの理由により有効であると主張する。

第三争点に対する判断

一第一、第二契約の成否

1  各契約の成立については、〈書証番号略〉、証人小松原源蔵、同原田安啓の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、韓国人であり、戦前から日本に居住し永住資格を持つ者である。原告の妹順福は、昭和六三年三月一一日、原告の招請により来日した。順福は、戦前、小学校一年生頃まで在日していたにすぎないため、多少話ができる程度で日本語が不自由であった。

原告の昭和六三年八月一六日付け外国人登録済証明書には、妻、子供三名のほか順福が同居の家族として記載されていた(〈書証番号略〉)。

(二) 原告は、昭和六一年一〇月ころ、小松原と知り合い、以後昭和六三年八月ころまでの間日本と韓国とを約一一回往復するにあたり、そのうちの半分位は、小松原を通じて富士火災の旅行傷害保険に加入した。いずれの場合にも原告は印鑑を持参せず、すべて小松原に契約締結手続きを任せ、その多くの場合に、小松原は原告の依頼に基づき、保険契約者の署名押印部分を含めて保険契約書を代筆作成した。

(三) 小松原は、昭和六三年六月一五日、原告からの申込依頼に基づき、被保険者を原告と順福とする、国内旅行傷害保険契約締結手続きをした(〈書証番号略〉、なお保険期間を同月二六日からとすることとのバランスをとるため、契約日(申込日)欄に同月二四日と記入した。)。そして従来と同様、小松原は原告の依頼に基づき、原告の署名を代行し、予め小松原が購入していた、原告の通称である「中村」の印鑑を契約書に押して、契約書の作成手続きを終えた。

小松原は、右契約書を作成した当時、富士火災で保険募集キャンペーン中であったため、原告に対し、家族傷害保険の加入を勧めたので、原告はこれに応じて第一契約を締結した。この手続きについても従前のものと同様小松原が、契約書に原告の氏名を記載して押印し、原告から一箇月分の保険料を受領した。

(四) その後、小松原は、昭和六三年八月六日、本人であると同時に順福の使者ないし代理人である原告から、原告が韓国へ、順福が国内を旅行するので傷害保険に加入したいとの連絡を受けたので、原告の依頼に基づき、原告については保険金七五〇〇万円、順福については二〇〇〇万円の保険契約申込書を代筆し、同月八日原告から原告及び順福両名の保険料の支払を受けた際、これを原告に示した。

2  以上の事実が認められるところ、原告は、いずれの契約書も小松原が偽造したものであると主張する。そして、富士火災横浜損害査定部長の續木清(以下「續木」という。)及び同社横浜査定部火災新種課長原田安啓(以下「原田」という。)両名と原告との共同作成名義の確認書(〈書証番号略〉)にはこれに沿うような記載がある。しかし、右は原告の主張を裏付けるものではない。その理由は以下の通りである。

(一) まず原告は、被告から、告知義務違反等を理由とする契約解除の通知があるまでは、第一、第二契約の有効性を争うどころか、その有効を当然の前提としたうえで、順福の相続人ではなく自分が受取人であると主張して、富士火災に対して保険金の支払いを請求していた。

すなわち、原告は、順福の死亡後、第一、第二契約の保険金受取人が被保険者順福の法定相続人(夫及び子供)であるにもかかわらず、自ら右保険金の請求をした。これに対し富士火災側では原田が、昭和六三年九月五日、法定相続人が右保険金受取人であるから原告には支払えない旨を説明したが、原告は、自分が受取人だと頑張り、その後も三、四回、同社新横浜支店に来店し、同月九日、右支店において、自ら申立書を作成するということで、富士火災の便箋を使用し、あくまで受取人は自分であるとの主張を書き記した(〈書証番号略〉)。

(二) 原告は、被告からの解除通知後は、一転して第一、第二契約の白紙撤回を執拗に求めた。

すなわち、それから九日か十日を経た後(被告から告知義務違反等を理由として本件傷害保険契約を解除する旨の通知が到達した同年九月十六日の後)になって、原告は、一転して、前記第一、第二契約は小松原が勝手に作成したから無効であり、白紙撤回するように要求してきた。これに対し、富士火災は、右契約はあくまで有効であって、保険金の受取人は順福の相続人であると主張したが、原告はこれに納得せず、同社新横浜支店ばかりでなく、右契約取扱店である神奈川支店にも顔を出し、あるいは電話をかけてきて抗議した。原告は、さらに同月一九日早朝、小松原宅に電話し、第一、第二契約保険金受取人が法定相続人ということでは、自分としては保険の意味がないので、右契約を白紙撤回したい、ついては保険料を返せと要求してきたので、小松原は、その執拗な請求に根負けして、保険料を返すかわりに足代として一万円を渡す心づもりでいたが、原告が保険料を返せとの一点張りなので、右契約を撤回するという事態を避けるため、やむなく自らのポケットマネーから、保険料相当額の二万五六二〇円を原告に対し支払った。

(三) 續木らは、先行して作成した文書を原告が清書して、確認書を作成したものと軽信し、原告から言われるままに中も読まずに署名押印した。

すなわち、富士火災の續木は、前同日、やはり原告に要求されて、双方の主張を併記した「確認書」と題する文書(〈書証番号略〉)を作成し、さらに同月二六日午前一〇時ころから、續木及び原田は、富士火災新横浜支店において、原告と話し合ったが、話し合いは平行線を辿るばかりであった。結局午後一一時を過ぎたので、續木らは、原告に対し、引き取ってくれるよう頼んだところ、原告は新聞社を呼ぶから同道せよと言って、桜木町の喫茶店に、續木、原田等を連れて行った。翌二七日午前二時ころになって、ようやく、今日は確認書を書いて別れようという話になり、原告の筆記により、確認書(乙第一七号証)が作成されたが、この確認書には双方の主張が羅列してあるだけで、小松原が契約書を偽造したことを續木らが認めているかのような記載はなかった。原告は、後にこれを清書したものを持参するから署名捺印はその清書文書にしてもらいたいと求めたので、續木及び原田はこれを了承して散会した。同二七日午前一〇時過ぎ、原告は、富士火災新横浜支店を訪れ、續木及び原田に対し、前記確認書(〈書証番号略〉)の清書文書であると称して、持参した「確認書」と題する書面(甲第一一号証)を差し出し、署名捺印を求めた。續木及び原田は、右文書が乙第一七号証を清書しただけで内容が同一の文書と思い込み、確認せずに原告の言うがままに、順次署名捺印し、前記確認書(〈書証番号略〉)を破り捨てた。ところが、原告の帰った後、不審に思った原田が、破り捨てた文書を拾って確認したところ、署名捺印した甲第一一号証は乙第一七号証と内容の異なることに気がついた。そこで、同人は、原告に対し、電話でこれは詐欺ではないかと申し入れたが、署名捺印をしているではないかと突っぱねられた。

次に、第二契約の契約書(〈書証番号略〉)をみると、契約者である順福の年令が、真実は四九歳である(〈書証番号略〉)にもかかわらず五五歳と記載されており、本人が記載したのであればまず間違えることのない誤りであるし、また契約書の申込人欄には押印の代わりにサインがされているが、このサインは本人のものではない(原告本人の供述)ことが認められるけれども、年令の誤りは、契約書を代書した小松原が原告から聞き書きしたメモをなくしたため漠然たる記憶に基づいて記載したものであるし(〈書証番号略〉、証人小松原)、前認定のとおり右サインも含めて全て小松原が代筆したことなどその契約書作成の経緯に照らすと、そのような事実があるからといって、直ちに前記認定を動かすものとは言えない。

したがって、第一契約及び第二契約はいずれも真正に成立したものと認めるのが相当である。

二第一解除の成否

1  約款第一〇条一項の「知っている事実」に他保険契約締結の事実が含まれるか否かについて

約款第一〇条が商法六四四条に由来するものであるにせよ、約款第一〇条一項の「知っている事実」は、「保険契約申込書の記載事項について……知っている事実」とされ、傷害保険契約申込書の記載事項として「他の保険契約」の欄が存在する以上(〈書証番号略〉)、約款にいう「知っている事実」には申込書記載事項である他保険契約締結の事実も含まれることは明らかである。

2  他保険契約締結の事実を告知ないし通知しなかったことを理由とする解除の成否

(一) 約款が、傷害保険の締結に際して、保険契約者及び被保険者に対して、他の保険契約締結の有無について事前の告知義務を定め、また事後に他の傷害保険契約を締結し、またはその存在を知ったときの通知義務を定めた趣旨は、重複保険の締結は、それが不法な利得の目的にでた場合であるかどうかを問わず、一般に保険事故招致の危険を増大させる可能性があるから、保険者としては、このような重複保険の成立を回避ないし抑制するため、他保険契約の存在を知る必要があること、本件のような損害保険の場合には、被保険者が各保険者から個別的に損害の填補をうけることにより、全体として損害額を上回る保険金を受け取る結果となることを防止するために、他保険契約の存在を知る利益があることのほか、保険事故が発生したときに損害の調査、責任の範囲の決定について他の保険者と共同して行う利益を確保するため、他保険契約の存在を知ることが便宜であること等にあるものと考えられる。

(二) ところで各種保険の開発、普及及び保険会社による宣伝ないし勧誘等により、一般にさまざまな保険事故を対象とする保険に加入する機会が増大し、その結果特に傷害保険の分野においては、同一人を被保険者とする同一の保険事故に関する複数の保険契約に競合して加入することが珍しくない。このような状況のもとで、保険約款上重複保険の告知、通知義務が定められ、その懈怠が契約の解除という重大な結果をもたらすものとされているのに、一般公衆には、重複保険契約及びその不告知、不通知がそれほど重大なものと意識されているとは思われない。それにもかかわらず、保険約款が、その各条項についての契約当事者の知、不知を問わず、特段の意思表示がない限り当然に契約内容となって当事者を拘束するいわゆる附合契約と理解されていることからすると、約款の規定があるからといって、直ちにその契約上の効果をすべて無条件に認めることは、一般の保険契約者に対して、社会通念に照らし相当性を欠く不利益を与えるものであって当を得ないものと思われる。

もし一般的にこのような重大な効果を認めるのであるとするならば、保険契約の申込用紙に、大きな目立つ文字で、保険会社に先行する重複保険の存在を知らせなかったり、保険会社不知の間に後日重複保険に加入したりすると、保険契約が無効となることがあること等を記載したり、パンフレット等にも分かり易く大書する等して、まず一般公衆にそのことが知れわたるように周知徹底を図るべきであって、このような手段がとられていない現状に鑑みるときは、保険契約者さらには被保険者に他保険契約の存在に関する約款所定の告知ないし通知義務違反があったという一事で、保険金の不払という保険契約の目的を失わせるに等しい重大な効果を持つ約款所定の解除を認めるべきではない。

以上のような告知ないし通知義務を定めた規定の趣旨及び解除の効果との均衡並びにそれらについての一般への周知徹底状況を考えると、保険契約者または被保険者が、悪意または重大な過失により告知ないし通知を怠っただけではなく、その不告知ないし不通知が不正な保険金取得の目的に出たなど、不告知ないし不通知を理由として保険契約を解除することが社会通念上公平かつ妥当と解される場合に限って解除することができると解するのが相当である。

(三) そこでまず、本件傷害保険契約締結の際の状況について検討する。

証人八尋の証言によれば次のとおり認められ、この認定に反する原告本人尋問の結果は採用できない。

原告は、昭和六三年六月一三日、被告横浜支店の店舗をまず一人で訪れて傷害保険のパンフレットを持ち帰り、翌一四日に今度は順福を同伴して被告横浜支店に来て保険契約締結を申し込んだが、被告会社の係員は、個人が保険代理店を通さないで直接被告店舗窓口で保険に加入するのは極めて稀であるところから不審に思って断った。原告は納得しなかったが被告会社から後刻連絡することとしたので、原告は帰った。その日の夕方、被告会社担当者は原告方に電話をかけて断りの旨を留守番電話のテープに伝えたところ、夜原告から抗議の電話があった。さらに翌一五日午前九時半頃、原告は再び被告会社横浜支店を訪れて大声で抗議したが、当日は順福本人を同伴しなかったこともあって、翌日又来るとのことで帰った。被告会社は検討の結果、断る理由も見当らず、保険を引き受ける他はないとの判断に達し、翌一六日、営業推進課長である八尋有司(以下「八尋」という。)他一名が原告宅を訪ね原告と順福に面談して本件傷害保険契約を締結した。

本件傷害保険契約の申込書(〈書証番号略〉)は原告が記入したが、記入に先立って、八尋は、右のような経過があったことから、特に原告に対し、他の保険加入の有無を訪ねたところ、原告は「ない」と答え、その回答記入欄にその旨を記載したが、八尋は申込書記載事項に虚偽があったり、後日他の保険契約を結ぶときは、被告会社に連絡をしないと保険金が支払われないことがあることも説明した。右申込書の欄外には「申込書記載事項(特に※欄)が事実と相違した場合は、保険金が支払われないことがあります。」と赤字で記載され、右※印は性別、年令、他の保険契約及び過去三年の傷害保険金(五万円以上)請求または受領の欄のみに付せられている。

(四)  右のような経過からすると、本件傷害保険契約の被保険者であり、かつ保険契約者である順福の使者である原告は、悪意であるか少なくとも重大な過失により、他保険契約の告知ないし通知を怠ったと認めるのが相当である。

しかしながら他方、他保険である第一契約の内容をみると、その契約は毎月の保険料一万二〇六〇円の積立てによる契約期間五年間の積立て保険契約で、満期返戻金が五〇万円、被保険者を保険契約者及びその家族とするもので、被保険者死亡の場合の保険金が一二五万円とされているごく日常的な内容のものであった(〈書証番号略〉)。このような他保険契約の種類、性質及び内容からすると、他に特段の立証のない本件においては、告知義務を定めた規定の趣旨及び解除の効果との均衡等を考えると、その不告知を理由として、死亡保険金を五〇〇〇万円とする傷害保険契約である本件傷害保険契約を解除することが社会通念上公平かつ妥当と解される場合にはあたらないものというべきである。よって、第一契約の不告知を理由とする第一解除は失当である。

次に、重複保険である第二契約についてみるに、第二契約は保険期間をわずか四日間とし、死亡保険金を二〇〇〇万円、入院保険金日額を四五〇〇円、通院保険金日額を三〇〇〇円とする、保険料が一五〇〇円の国内旅行傷害保険契約であり、特に保険金が巨額であるわけではなく、また保険料も僅かな額であって、短期間の国内旅行を行う場合にごく日常的に加入しておくような内容のものであった(〈書証番号略〉)。このような、第二保険契約の種類、性質及び内容からすると、他に特段の立証のない本件においては、契約成立後に発生した事柄について通知すべき義務を定めた規定の趣旨及び解除の効果との均衡等を考えると、その不通知を理由として、死亡保険金を五〇〇〇万円とする傷害保険契約である本件傷害保険契約を解除することが社会通念上公平かつ妥当と解される場合にはあたらないものというべきである。よって、第二契約の不通知を理由とする第二解除も失当である。

とすると原告の本訴請求は理由がある。

(裁判長裁判官髙木新二郎 裁判官佐藤陽一 裁判官釜井裕子)

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